2015年01月24日

がんの知識|あなたの命

いかがでしたか。 これまでに40記事ほど書いて来ましたが、あなたの「想い」に少しは寄り添えているのでしょうか。 時間の許す限り、これからも書き続けていくつもりですので、あなたの明日のわずかな一助になれば幸いです。

この後は、いよいよ「がん」その物について掲載致します。医療関係者ではないので、専門的には表現できませんが、知る事でより良い判断ができると信じてお付き合い下さい。

でも今日は少し違う角度のお話をしてみたいと思います。

あなたは今おいくつですか。男性ですか、それとも女性ですか。がんの部位はどこですか。初発ですか、再発ですか。私は何もあなたの事を知りません。

どんな事で悩み、苦しみ、悲しまれているのか。どんな風にがんと向き合っておられるのか。本当はお聞きしてみたい事ばかりです。一方的に書き綴る事に、一抹の無情を感じざるを得ません。

恐らくは同じように、皆さんも「どこの誰だか分からない人物」のブログを読み続ける事に、何らかの想いを抱いているに違いないと思います。だから少しだけお時間を頂いて、せめても私の事をお伝えしようと考えました。

私はこの2月で54歳になります。足かけ30年に渡って医療とは無縁の「ホテル業界」で生きて来ました。

しかし、心から愛してやまなかったその仕事の継続を、今から3年ほど前に、諦めるしかない状況に追い込まれてしまったのです。

網膜色素変性症と言う難病をご存知ですか。極端に視野が狭くなり、中心部分もパズルが抜け落ちる様に映像が欠けて行く、最後には完全に見えなくなる不治の病です。そう診断されたのは20年も前の事でした。

現在は妻の介助と白杖がなければ外出もままなりません。ある介護のハンドブックには「死の次につらい出来事」として失明が上げられていました。私自身も、自らの悲運を嘆き、泣き叫び、のたうち回って今日まで生きて来た患者の一人なのです。

信頼していた仕事仲間からも見捨てられ、「死」が頭をよぎった事もありました。もう自分の力では家族を守れないのだと、いずれは自分自身がお荷物になるのだと、どんどん自らを貶めて行ったのです。自分の心の弱さを思い知らされながら、圧倒的な絶望と恐怖から逃れる事が出来ませんでした。

でも…。

小さな奇跡が、どん底の中で起こり始めていたのです。

それは障害者として生きる事を受け入れる覚悟を決めた時からでした。自分の過去の何もかもを封印し、ただ前だけを見て生きて行こうと弱い心に誓ったのです。

最初の一歩は障害者手帳の取得でした。公的な助成の手続きも一つずつ進めて行ったのです。焦らず、腐らず、諦めずに、新しい自分が生きて行くための術を、文字通り薄氷を踏む思いで積み上げて行ったのです。

今は在宅での仕事に取り組んでいます。ほんのわずかではありますが、明日への希望も持つ事が出来ました。障害者として実に堂々と積極的に生きておられる、素晴らしい方たちにも巡り合う事が出来ました。

もう何があっても「死」を望む事はないでしょう。

あなたにもきっと乗り越える事が出来ます。せっかくの命を、どうせならとことんまで自分らしく生きてみようじゃありませんか。私と共に、このブログと共に、あなたの命を再び光り輝かせてみせて下さい。いつか必ず、今日の自分を笑顔で語れる日が訪れてくれます。

最後までお読み頂き有難うございました。

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「ホテルマンのためのUG対策」
posted by 風と空 at 10:04| Comment(0) | プロフィール | 更新情報をチェックする
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